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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)6732号 判決

主文

一  被告東京西鉄運輸株式会社は原告に対し別紙物件目録一(一)、(二)記載の建物を明渡せ。

二  被告東京西鉄運輸株式会社は原告に対し別紙物件目録一(三)、(四)記載の建物を収去して別紙物件目録二記載の土地を明渡せ。

三  被告らは各自原告に対し昭和六〇年八月一日から右一、二の明渡し済みまで一か月金五〇万円の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決第三項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

[請求の趣旨]

一  主文第一ないし第四項同旨

二  仮執行の宣言

[請求の趣旨に対する答弁]

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

[請求原因]

一  原告は昭和四〇年七月二五日、被告東京西鉄運輸株式会社(以下特に断らない限り、「被告」というときは被告東京西鉄運輸株式会社を指す。)に対し別紙物件目録一(一)記載の建物(以下「建物(一)」という。)を車庫(トタン葺、三三坪)とともに賃貸する旨の契約をし、右建物を引渡した。

二  右車庫は当時朽廃に近く、被告の要請もあったため、原告は昭和四〇年七月ころ、原告所有の別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)の上に被告が別紙物件目録一(四)記載の建物(以下「建物(四)」という。)を仮設建物として設置することを認め、また昭和四二年三月には同様に別紙物件目録一(三)記載の建物「以下「建物(三)」という。)を仮設建物として設置することを認め、建物(一)の賃貸期間に限り一時的に、本件土地を右仮設建物の使用に伴う範囲内で無償で使用することを認めた。

三  その後、昭和四五年七月及び昭和五〇年七月に一の賃貸借契約は更新された。

四  更に昭和五五年七月二五日、原告と被告とは建物(一)について次の内容の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

1 使用目的 営業用施設。原告の文書による事前の承諾のない限り目的外に使用してはならない。

2 期間 昭和五五年八月一日から昭和六〇年七月三一日まで

3 賃料 月額二五万円

4 支払方法 毎月二五日までに当月分を原告の住所又は原告の指定する場所に持参して支払う。

5 使用損害金 賃料の倍額

被告西鉄運輸株式会社は、右同日原告に対し被告の本件契約上の債務につき連帯して保証する旨約した。

五  本件契約は、一時使用を目的とする賃貸借契約である。すなわち、

1 原告が昭和四〇年に被告に建物(一)を貸したのは、原告の父が経営していた会社(被告の前身)を買収した訴外西鉄高速運輸株式会社から、路線運送事業の許可を東京でも取りたいが東京では区域運送事業の実績がないので、許可を取るまで一時右建物を借りて区域運送事業を営み、東京での実績を作りたいとの申入れに応じたものである。したがって、当初の賃貸借は、被告が路線運送事業の許可を東京で取るまでの間、一時使用の目的で開始されたものである。

2 昭和四五年の第一回目の契約期間満了時には、被告は路線運送事業の許可を取得していたが、事業が不振であるので更新に応じてもらいたいと懇請し、原告は当時義兄が被告に勤務していた関係上、更新を拒絶するのが困難であったため、一回だけのつもりで更新に応じた。

3 昭和五〇年の第二回目の契約期間満了時には、被告は業績の拡大を理由に更新を要請して来たが、原告は更新を峻拒した。しかし、被告は、期限時の明渡しはもちろん、期間中であっても(原告が本件建物を建て直す場合等)明渡すことを確約し、その旨を、契約書とは別に、親会社である被告西鉄運輸株式会社を保証人として連名の念書を差し入れてまで誓約したので、原告はこれを信じて更新に応じた。

4 昭和五五年七月二五日に本件契約を締結する際には、原告は被告の担当者である常務取締役の奥田弘に対し、原告が二か月後の昭和五五年九月には勤務中である会社を定年退職することになっていること、建物(一)は朽廃直前であり、本件土地の周囲の状況が変化し被告の運送業には適さなくなっていること、被告が前回の契約更新の際に賃貸期間満了時の明渡しを誓約し、念書まで差入れていたのに守らなかったこと、被告が無断改築等の信頼関係破壊行為をしていること等の理由のほか、原、被告間の本件賃貸借に関する過去の様々な経緯からしても、本件契約期間が満了する昭和六〇年七月三一日には賃貸期間が通算満二〇年になるので、以後賃貸借を継続することはできない旨申し入れた。被告はこれを了承し、親会社である被告西鉄運輸株式会社を保証人として念書を差入れ、期間には明渡すことを誓約した。

原告が被告の無断改築等の契約違反行為を知りながら本件契約締結に応じたのは、被告に移転先を見つけるまでの猶予期間を与えるために、その間一時使用を認めるとの目的に出たものであり、被告も、この目的を理解して合意したからこそ本件契約書のほかに親会社を保証人とする念書を差入れたのである。

5 右のとおりであるから、本件契約は借家法の適用を受けない一時使用を目的とする賃貸借契約である。

六  昭和五九年六月、本件土地に隣接するビルの工事のため建物(一)の一部が取壊されたが、取壊した部分は、本件契約の期間満了日も迫っていたことでもあり、建替えることはせず、原告が訴外東海リース株式会社からプレハブ住宅である別紙物件目録一の(二)記載の建物(以下「建物(二)」という。)を賃借し、契約期間満了日まで被告に転貸することとし、被告もこれを了承した。

原告は、建物(一)の一部取壊しの際、柱等、右建物の主要部分を被告が無断で改築していたことが判明したので、奥田常務に詰問したところ、同人は理由にならない言い訳に終始するばかりであって、原告の被告に対する信頼感はますます希薄になった。

七  前記のように本件契約は一時使用を目的とする賃貸借契約であるから、被告は、契約期間の満了した昭和六〇年七月三一日限り、建物(一)を明渡すとともに、前記六の約定に基づき建物(二)を明渡し、更に建物(三)及び建物(四)を収去して本件土地を明渡す義務がある。

八  仮に本件契約が一時使用を目的とするものでないとしても、原告は本件契約の更新を拒絶する正当事由があるので、被告に対し昭和六〇年一月二三日到達の書面をもって、本件契約を更新する意思のない旨を通知し、契約期間満了日までに建物(一)、(二)を明渡し、建物(三)、(四)を収去し本件土地を明渡すことを求め、更に本件契約終了後の昭和六〇年八月一日更新拒絶の意思表示をした。

更新拒絶の正当事由は、既に述べた事実関係のほか、次のとおりである。

本件建物は被告の事業にとって必須のものではなく、単に、より便利な場所にあるというにすぎず、投下資本といっても、容易に移転可能なプレハブ住宅等を建設したのみであり、周囲の状況の変化で運送業の基地として不向きになっている本件建物で営業を続けることは、かえって被告にとって不利である。

なお、被告は西日本鉄道株式会社の系列会社であり、五年の猶予期間があれば親会社等の協力により格別な犠牲を払わなくても移転先を見つけることは可能であったはずであるのに、何らの努力もしなかった。また調停の際も、明渡さなければならないことは認めるが移転先が見つからないとの理由で、被告自身の希望する賃貸借延長の期間すら一切具体的に示さなかった。このように、被告は、大企業の系列会社でありながら、原告個人所有の建物を理由にならない理由で不法に使用し続けているのであり、この点からしても更新拒絶には正当事由がある。

九  よって、原告は被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき、建物(一)及び建物(二)の明渡し、建物(三)及び建物(四)の収去並びに本件土地の明渡しを求めるとともに、被告両名に対し各自契約終了の日の翌日である昭和六〇年八月一日から右明渡し済みまで約定の一か月五〇万円の割合による損害金の支払を求める。

[請求原因に対する答弁]

一  請求原因一は認める。

二  同二のうち、被告が原告主張の時期に建物(四)及び建物(三)を原告の承諾を得て建築したこと及び本件土地の無償使用を認められたことは認めるが、本件土地の使用が建物(一)の賃貸期間に限る一時使用であったとの点は否認する。

三  同三は認める。

四  同四の冒頭の事実は否認する。新たに賃貸借契約を締結したのではなく、昭和五五年七月二五日に契約を更新し従前の契約内容を文書にしたまでである。その取決めの内容が原告主張のとおりであること及び被告西鉄運輸株式会社が連帯保証した事実は認める。

五  同五については、原告主張の時期に賃貸借契約及びその更新がされたこと、1のうち、昭和四〇年に原告の先代の経営する会社(和田運輸株式会社)を西鉄高速運輸株式会社が買収したこと、4のうち、昭和五五年の契約更新に当たり、被告の奥田常務に対し原告が近く定年退職するという話があったこと、昭和六〇年七月には賃貸借期間が通算二〇年になるので以後賃貸借を継続することができない旨の申入れがされたこと、昭和五五年七月二五日に被告が被告西鉄運輸株式会社を保証人とする念書を差入れたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

右念書の趣旨は、明渡しを請求されたときは、原、被告協議し、その協議によって定められた条件に従って明渡しを実行することを確認したものである。右念書による約定が期間満了時に更新をしないというものであれば、借家法一条の二に違反する契約であり、同法六条によりその効力を否定されるものである。

六  同六のうち、昭和五九年六月原告が東海リース株式会社からプレハブ住宅を賃借して被告に転貸したことは認めるが、被告が建物(一)の主要部分を原告に無断で改築したとの点は否認し、その余の事実は不知。

七  同七は争う。

八  同八のうち、原告主張のとおり更新拒絶の通知がされたことは認めるが、その余は争う。

[被告の主張]

一  本件契約は一時使用の賃貸借ではない。

被告は、貨物運送業の本拠として本件建物を賃借したものであり、その始期は昭和四〇年七月である。したがって、昭和五五年七月二五日に契約を更新するに当たっても、期間満了後の更新は絶対にしないことを前提としたものではない。右更新の際に定められた五年の期間は家賃据置期間である。

二  本件建物は被告の本社として使用されており、被告の営業にとって不可欠のものである。被告が他に移転することは困難である。すなわち、

1 被告の営む運送事業の集配業務のテリトリーは、千代田区、文京区、新宿区が主であり、その業務自体が地域に密着しているので、営業拠点として本件場所に代わる立地条件の場所を探すことは不可能である。

2 被告の営業所の配置は、本社を中心に飯田橋、品川、市川、神奈川と配置され、これによって貨物輸送は最も効率的に行われて来た。今この本社を他に移転するようなことがあれば、本社と各営業所間の連携が崩れ、業務に著しい支障を来すおそれがある。

3 建物(一)には被告の従業員三名が居住しており、建物(二)には従業員一名が居住し、いずれも生活の本拠として使用している。

4 被告は、被告西鉄運輸株式会社の系列会社ではあるが、営業、資金繰等については何らの応援も受けておらず、独立採算制を採っている。

被告は、本件建物が倒壊するまではこれを賃借していることが可能であると考えて、車両、設備、人員の増員等に資本を投下し、車庫を設置するなどして営業を拡張して来た。

しかし、この事業は他企業の合理化の影響を直接被るため、労働集約型企業として、低収入で多くの人員を賄う経営を余儀なくされている。その結果、被告の経営状態は厳しく、その上、経営の基礎が貧弱で資力に乏しいため、借入金によって事業を経営し、目下経営基盤の改善に懸命の努力をしている最中である。このような時期に本件建物を明渡すことは、本社及び飯田橋営業所を失うばかりでなく、営業拠点を変更し更に多額の設備資金を投下することを余儀なくされ、営業的にも財政的にも経営状態を著しく悪化させることとなる。

したがって、被告の使用の必要性に比して、原告には本件建物を自ら使用する必要若しくはこれに準ずる正当事由は存しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因のうち、原告がその主張のころ被告に対し、建物(一)及び建物(二)を賃貸し(建物(二)は転貸)、建物(三)及び建物(四)の建築及びその敷地である本件土地の無償使用を認めたこと、建物(一)の賃貸借契約が昭和四五年七月及び昭和五〇年七月に更新されたこと、新契約の締結か更新かの点を除き、昭和五五年七月二五日に建物(一)につき原告主張の内容の本件契約が成立し、右契約上の被告の債務につき被告西鉄運輸株式会社が連帯保証したことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、昭和五五年七月二五日の本件契約については新たに契約書が作成されていることが認められるが、〈証拠〉によっても、それが従前の契約の更新であることを否定する趣旨で作成されたことをうかがわせる事実を認めることはできず、かえって前記争いのない事実及び〈証拠〉に照らすと、本件契約は従前の契約を更新したものであると認められる。

二  本件契約が一時使用の賃貸借契約であるかどうかについて争いがあるので、判断する。

前記争いのない事実及び〈証拠〉によると、本件土地及び建物(一)は、昭和三四年ころから原告の所有であったこと、原告の父はそれ以前から右土地建物において運送業を目的とする和田運輸株式会社を経営していたが、昭和四〇年七月に経営権を西鉄高速運輸株式会社に譲渡したこと、同会社は当時名古屋から東京までの路線延長を計画し東京に拠点を求めていたため、原告に対し東京において事業認可を得るまでの間土地建物を現状のまま借用させてほしいと申し出たこと、原告は土地については貸すことを断ったが、右認可を得るまでの間であれば短期間で明渡してもらえるであろうと考え、建物(一)及び車庫についてはこれを賃貸することを承諾し、昭和四〇年七月二五日、被告(当時は和田運輸株式会社の商号をそのまま使用し、のち昭和五一年六月に現在の東京西鉄運輸株式会社に変更した。)との間で、期間は昭和四〇年八月一日から昭和四五年七月三一日までの五年間、賃料は一か月一〇万円の約束で、建物(一)を車庫とともに賃貸する旨の契約を締結したこと、更に、原告は被告に対し、昭和四〇年七月二八日ころ本件土地の上にプレハブ造りの建物(四)を建築することを、また昭和四二年三月ころには建物(三)を建築することをそれぞれ承諾し、これに伴い本件土地の無償使用を承諾したこと、右車庫はその後取壊されたことが認められる。前掲各証拠のうち右認定に反する部分は採用しない。

右認定によれば、被告は、いわゆる経営者の交替により事業目的は変更されたものの、事業用の施設は現状のまま経営を継続するため原告から建物(一)を車庫とともに賃借したものとみるべきである。一方、契約書に明記して右賃借を一時使用だけの目的に限定した事実を認めるべき証拠はない。そして、西鉄高速運輸株式会社の事業計画の下に被告が東京において事業認可を得るまでの間土地建物を貸してほしいと申し出た事実及びこれに対して原告が短期間で明渡してもらえるであろうと考えて契約の締結に応じた事実は、契約締結に当たっての事情ないし動機をなしたものとはいえても、それが契約の内容になって、契約の目的を一時使用のために限定する趣旨であったと認めることはできない。

〈証拠〉によると、被告は昭和四一年八月に東京陸運局から自動車運送取扱事業認可を取得したことが認められるが、このような事実があったからといって、その後に更新された本件契約が一時使用の目的のものであったということはできない。

そうすると、特段の事情のない限り、右昭和四〇年の契約を更新して継続した本件契約は、一時使用の目的であるということはできない。

〈証拠〉によると、被告は原告に対し、昭和五〇年七月二五日第二回目の更新に当たって、被告西鉄運輸株式会社との連名で「今般、別紙の通り建物賃貸借契約を取交しましたが、この期間中又は期間終了時に於て貴殿より明渡しを申入られたときは、その主旨に従い両者協議の上受諾することを誓約し、保証人相添え念書を差入れます。」との文面の念書を差入れ、昭和五五年七月二五日の第三回目の更新(本件契約)に当たっても、同様に被告西鉄運輸株式会社との連名で同文の念書を差入れたことが認められる。しかし、右の念書による約定は、その文面からも明らかなように、原告から明渡しの申し出があったときは、両者が協議すること及び協議が整えば賃貸期間中であっても又は期間満了時において明渡すことを約したものとみられるのであって、原告からの申し出に対し無条件に明渡すことを約したものとは解されない。したがって、右念書が差入れられていることをもって本件契約が一時使用の目的であることの根拠とすることはできない。

右のとおりであって、ほかに前記特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、本件契約が一時使用の目的のものであるとの原告の主張は採用することができない。

三  次に更新拒絶の主張について判断する。

原告が被告に対し昭和六〇年一月二三日更新拒絶の意思表示をし、契約期間満了後の昭和六〇年八月一日更新拒絶の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。すなわち、原告は契約期間満了の前一年ないし六か月の間に更新拒絶の意思表示をし、期間満了後遅滞なく被告の使用継続に対し異議を述べたものということができる。

四  そこで、正当事由の有無について判断する。

1  昭和四〇年に本件賃貸借契約が開始された際の事情は既に認定したとおりである。

2  〈証拠〉によると、原告は、西鉄高速運輸株式会社の専務取締役で交渉担当者である吉倉健治が、東京における事業認可が得られるまでの間土地建物を貸してほしいと言うのを信じ、長期間にわたることはないとの考えで、建物(一)を賃貸し、その後も建物(四)及び建物(三)の建築並びにその使用に伴う敷地(本件土地)の無償使用を承諾したこと、昭和四五年の第一回の更新の際は、原告は更新を望まなかったが、被告の担当者である奥田弘から業績が上がらないのでもう一回だけ貸してほしいと懇請され、さきに原告の父が経営権を譲渡した際原告の義兄が被告に再雇用してもらい、右更新時においても被告に在籍し胸部疾患で大病を患って被告の世話になっていたため、断り切れず、更新に応ずることになったこと、また昭和五〇年の第二回目の更新の際は、これに先立って原告は被告に対し明渡しを求めたが、奥田は同様に業績を上げるためとか、義兄を世話したいなどと言って更新を求めたので、原告は、被告に対し不信感を抱き、このまま貸して行ったのでは建物が古くなってしまうということも考え、将来建替えるときには契約期間中であっても明渡すことを約束してほしいと申し出たこと、奥田は趣旨はわかったと言って前記念書(〈証拠〉)を差入れたこと、右念書に連帯保証人として被告西鉄運輸株式会社が連署することは原告の要求したものではないが、原告は同被告が連帯保証人となって念書という書面まで差入れて被告が約束したので、次の期間満了時には必ず明渡してもらえるものと考えて安心したこと、昭和五五年の第三回目の更新(本件契約)の際には、原告は被告に対し右念書の記載に基づき明渡しにつき協議するため具体的な案を提出するように求めたが、奥田は、移転するには費用と金利負担が大きい、現在地で将来も借家して行かないと困るなどと述べるばかりで、何ら具体的な提案をせず、原告に対し今回を最後として貸してほしい、前と同じ念書を出すから契約してほしいと申し出て、被告西鉄運輸株式会社が連帯保証人として連署している前記念書(〈証拠〉)を差入れたこと、原告は、仮に契約を更新してあと五年貸すと最初の契約から満二〇年になることから、民法六〇四条一項の規定を念頭に置き、被告に対し二〇年以上この古い家を貸す必要はない、これが最後の更新である、近く定年退職するのでその際は本件土地建物を使用するつもりであると言ったところ、奥田はこれを了承したので、更新のため契約書(〈証拠〉)を作成したこと、昭和五六年一〇月ころ、原告は奥田から呼ばれて、本件建物(一)に設置されている水道管が古くて漏水が多かったので外部の配管を全部交換し、メーターも七〇ミリメートルのものから四〇ミリメートルのものに変えた旨告げられ、原告は無断でこのような措置をしたことについて同人に強く抗議したところ、これに対し被告は、事前に了解を得なかったことを詫び、かつ工事費は全額被告が負担し退去の際には原状に復することを約束する旨の昭和五六年一〇月二七日付念書を差入れたこと、昭和五九年六月ころ本件土地の隣地の所有者がビルを建築する際、建物(二)の位置に存した原告所有の建物(建物(一)と別棟ではあったが庇など一部が続いていて建物(一)と共に被告との間の賃貸借の目的になっていた。)が傾いて隣地の建物に接していて取壊すことができないと苦情を言って来たこと、原告が右建物内に入って確認したところ、柱や土台を新しくして改築した形跡が認められたので、奥田に質すと、同人は原告に写真を見せて無断改築の事実を認めたこと、右建物の傾きを直すことは困難な状況であったので、原告は、運転手の居住部分として必要であるなどと言って反対する奥田を説得して右建物を取壊したこと、その数日後奥田がどうしても必要なので右取壊した跡地に木造の建物を建ててほしいと要望してきたが、原告は、契約期間が残すところ一年の時期に新築することなどは考えられない、契約面積を減らし家賃を減額されてもよいと言って断ったところ、これに対し奥田は、契約面積は減じない、家賃もこのままで結構である、原告が建築しないのなら被告が建築すると言うので、原告は、それよりはリースでプレハブの建物を建てれば安く済むし、満期には明渡してもらえるであろうと考え、さきにみたように東海リース株式会社から建物(二)を賃借して被告に転貸したこと、建物(一)は昭和二六年建築されたもので、使用された材料は良質のものではないこと、原告は大正一一年九月一九日生まれで六六歳であるが、定年退職し、本件土地建物を賃貸しているほかは収入のある職業についていないこと、本件土地建物の返還を受けた場合は、老後の生活のため貸しビルを建てるなどして利用したいと考えていること、以上の事実が認められる(昭和五五年の更新に当たり、被告の奥田常務に対し原告が近く定年退職するという話があったこと、昭和六〇年七月には賃貸借期間が通算二〇年になるので以後賃貸借を継続することができない旨の申入れがされたことは、当事者間に争いがない。)。前掲各証拠のうち右認定に反する部分は採用することができない。

3  〈証拠〉によると、被告は、本店を本件土地建物所在地に置き、建物(一)を、一階は本社事務所、会議室等、二階は社長室、独身寮、仮眠室とし、建物(三)を有蓋車庫とし、建物(四)を、一階は従業員の更衣室、休憩室、二階は社宅として使用していること、右独身寮には三名の従業員が居住し、社宅には雑役婦一人が住込みで居住していること、被告の集配業務は千代田区、中央区、文京区、新宿区等の地域に密着しており、本件土地建物は営業拠点として立地条件が最適であるばかりでなく、従業員の通勤等にも至便の地にあり、二〇年にわたってここを営業活動の本拠としてきたことにより顧客、取引先はここを中心として形成されていること、被告は資本金六〇〇万円で経営基盤が十分でなく、仮に他に移転することになると、著しい地価の高騰により条件に合った移転先が容易に求められないこと、遠隔地に移転した場合には従業員の労働条件が悪化して退職者が出るおそれがあり新規採用も困難となるおそれがあることなどの事実が認められる。

4  以上の事実に基づいて考えるに、原告は定年退職後、職がないまま六六歳を迎えており、老後の生活設計のため本件土地を利用して貸ビルを建築して収入を揚げたいとの希望を有しており、その願いは切実なものであると認められる。一方、被告は本社及び車庫等を含む営業施設一切を本件建物に置き、ここを営業の拠点としており、二〇年間にわたり培って来た顧客、取引先との関係はこの場所を中心として形成されたものであって、本件土地建物が被告の営業のため極めて重要な施設であることは明らかである。このように本件建物(一)ないし本件土地は、原、被告いずれにとってもこれを使用する必要性大であるということができ、甲乙つけ難いものがある。

ところで、本件契約が締結されその後三回にわたって更新されて来た経緯は前認定のとおりであって、原告が権利金、保証金、更新料等、賃料以外の特別な経済的な利益を取得した事実は認められない。しかも、被告の担当者は原告に対し契約締結及び各更新時において毎回、短期間借用したい旨或はあと一回だけ貸してほしい旨等を申し述べており、昭和五〇年及び昭和五五年の更新時にはさきに認定したような念書を差入れているのである。原告が更新に応じたのは、被告が念書まで差入れ、しかも親会社である被告西鉄運輸株式会社が連帯保証人として名を連ねているからこそ、これを信用し、次の期間満了時には明渡してもらえるとの期待を抱いたからであると認められる。右念書の記載は前認定のようなものであって、それ自体が契約の性質ないし内容を決定し或は限定するものということはできないが、継続的な契約関係で当事者間の信頼関係を基礎とする賃貸借契約においては、このような念書を何らの意味ももたないものとみるのは相当でなく、少なくとも、一方当事者においてそこに記載された文言に従って相手方当事者が契約関係に対処するであろうと期待し信頼することは当然であり、このような期待ないし信頼は保護されて然るべきであると考えられる。したがって、原告としては、期間満了時において明渡しを求めれば被告が協議に応じ妥結のための努力をするであろうと期待することは、当然のことであったというべきである。そして、原告は契約更新の都度、全く異議なしにこれに応じたものではなく、むしろそのたびに明渡しを希望しその旨を告げていたものであり、だからこそ被告も親会社連署の念書を差入れてまで原告の意を迎えようとしたものとみられるのである。一方、原告は次回の期間満了時には明渡してもらえるとの期待の下に短期間の契約であることを前提に更新に応じていたものであり、それが本件契約において更新料等の授受がなかったことの一つの原因をなしていたものとも推測される。したがって、被告としては、少なくとも、最初に念書を差入れた昭和五〇年以降は、原告から明渡しの申入れを受けたときには実質的に協議して可能な限り明渡しの方向で妥結できる程度の準備ないし方策を講ずることが期待されていたというべきである。ところが、被告は昭和五五年の更新時においても、また昭和六〇年の期間満了の際にも、原告からの明渡しの申入れに対して見るべき内容のある提案をして明渡しのための協議しようとの態度に出た事実はうかがわれず、単に漫然と被告の使用の必要性及び資力不足を強調して明渡しを拒むという態度に終始しているのである。このような被告の態度は前記のような念書を差し入れた契約当事者としては不誠実なものというべきであり、原告の期待ないし信頼を裏切るものといわなければならない。

ところで、本件契約が締結された当初からの経緯をみると、被告自身はその規模ないし経済力が強大なものとはいえないにしても、常に親会社である被告西鉄運輸株式会社が後ろ盾になっていることが明らかであって、他に移転する場合の困難といっても、このような親会社或は系列会社等の協力を得ることができれば、緩和される余地はあるといえる。

そして、当初の契約締結時から満二〇年を経過し、貸主から賃貸建物の明渡しを求める時期としては、他の要因を抜きにしてもそれ自体で十分理由がある年月を経たものといい得ることに照らし、また建物(一)は昭和二六年ころ建築されたもので老朽化の程度がかなり進んでいるとみられること、そのほか契約継続中において被告が無断で前認定のような水道工事及び改築したことが原告の被告に対する信頼を裏切るものであったこと等をも考えると、原告の更新拒絶は正当事由のあるものということができる。

五  以上のとおりであるから、本件契約は昭和六〇年七月三一日限り終了したものである。そして、さきにみたところによれば、建物(二)の転貸及び本件土地の無償使用は建物(一)についての本件契約が存続する限りにおいて認められたものというべきであるから、被告は原告に対し、建物(一)及び建物(二)を明渡すとともに、建物(三)及び建物(四)を収去して、本件土地を明渡し、かつ約定損害金として賃料二か月分に当たる一か月五〇万円の割合による金員を支払う義務があり、被告西鉄運輸株式会社は被告と連帯して右損害金を支払う義務がある。

そこで、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用し、建物の明渡しと建物収去土地明渡しを求める部分についての仮執行の宣言は相当でないからその申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村正人)

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